政治部・阿比留瑠比 やはり河野談話は破棄すべし
2012.8.19 03:12 産経ニュース
◆相手にするのいや
韓国の李明博大統領が、慰安婦問題に関して「法的にはもう決着している」(野田佳彦首相)とする日本政府の立場に「誠意がない」として、挑発的で常軌を逸した言動をとり続けている。
「本当に、相手にするのがいやになるよ…」
政府高官はこう嘆く。ただ、問題がここまでこじれた原因は、自民党政権時代も含む政府のその場しのぎで迎合的な対応にある。
結局、資料的根拠も裏付けもないまま、韓国側の要請に従って慰安婦募集における日本軍関与の強制性を認めた「河野官房長官談話」が、今日の日韓関係の惨状を引き起こしたのではないか。
「慰安所の設置、管理および慰安婦の移送については、旧日本軍が直接、あるいは間接にこれに関与した」「(慰安婦の)募集、移送、管理なども、甘言、強圧による等、総じて本人の意思に反して行われた」
これが河野談話の要点だ。「関与」の意味はあいまいで、「甘言」「強圧」の主語も明確にしないまま「おわびと反省」を表明している。慰安婦問題に対する国内の異なる見解、主張に配慮してわざと文意をぼかしたのだろうが、その手法は海外では通用しない。
河野談話は「日本政府が慰安婦強制連行を公式に認めた」と世界で独り歩きし、日本は「性奴隷の国」との印象を与えた。その後、日本側が反論しても「談話という形でコメントが出ているではないか」(マイク・ホンダ米下院議員)と言い返される始末だ。
韓国にしても、河野談話という「根拠」がなければここまで高飛車になることはなかったろう。
◆資料も根拠もなく
「慰安婦問題における政府の関与については平成5年の河野談話を発表したときの調査を踏まえ、すでに考え方は公表している」
野田首相は7月25日の参院社会保障・税一体改革特別委員会でこう述べ、河野談話を踏襲し、折に触れて海外に発信しているとの認識を表明した。
だが、その河野談話は極めて恣意(しい)的でいいかげんなものだ。よりどころは、韓国における元慰安婦女性16人からの聞き取り調査(内容は非公開)だけなのである。
日本軍・官憲が強制的に女性を集めたことを示す行政文書などの資料は、一切ない。談話作成にかかわった石原信雄元官房副長官は産経新聞の2度にわたるインタビューで、こう証言している。
「国外、国内、ワシントンの公文書館も調べたし、沖縄の図書館にも行って調べた。関係省庁、厚生省、警察庁、防衛庁とか本当に八方手をつくして調べた。政府の意思として女性を強制的に集めて慰安婦にするようなことを裏付けるデータも出てこなかった」
「あるものすべてを出し、確認した。(河野談話作成のため)できれば(強制を示す)文書とか日本側の証言者が欲しかったが、見つからない」
にもかかわらず、「強制性」を認定したのは強硬な態度をとる韓国への配慮からだった。当時の日本政府に「強制性を認めれば、問題は収まるという判断があった」(石原氏)からである。
◆政治判断の禍根
「河野談話は、事実判断ではなく政治判断だった」
石原氏は19年には、民主党の会合でもこう正直に語っている。5年当時、内閣外政審議室などには連日、慰安婦訴訟の原告団や支援団体メンバーがつめかけ、泣き叫ぶような状況が続いていた。
宮沢喜一首相も河野氏も、元慰安婦の名誉回復を求める韓国政府の要求とこうした物理的圧力に屈し、史実を曲げてしまったのだ。
百歩譲って、河野談話で慰安婦問題が解決したのならば一定の評価もできよう。だが、実際は事態を複雑化して世界に誤解をまき散らし、問題をさらにこじらせ長引かせただけではないか。
そもそも、政治家は歴史家でもその道の専門家でもない。歴史問題を扱う際にはもっと謙虚・慎重であるべきだろう。
また、有権者は政治家に、個人の内面にかかわる歴史解釈を一任しようと思って投票するわけではない。現在の野田内閣が、大きな禍根を残した「政治判断」の轍(てつ)を踏まないよう切に願う。
河野談話見直しについては、安倍内閣時代に検討されたが実現しなかったのが記憶に新しい。
「かつて自民党は歴代政府の政府答弁や法解釈などをずっと引きずってきたが、政権復帰したらそんなしがらみを捨てて再スタートできる。もう村山談話や河野談話に縛られることもない」
安倍晋三元首相は今年5月の産経新聞のインタビューでこう述べている。そうだとすると、不毛だった政権交代にも多少の意味はあったといえる。(あびる るい)
安倍晋三元首相の仰るとおり。
当時の政治判断に縛られることなく、日本再生に全力で取り組むべきであると考えます。
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河野談話
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