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葛西、最愛の母を火事で亡くし妹は闘病中

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葛西、最愛の母を火事で亡くし妹は闘病中

 【ソチ=児玉浩太郎】「レジェンド(伝説)」と呼ばれる男に、新たな歴史の一ページが加わった。

 ソチ五輪スキージャンプ男子個人ラージヒルで15日(日本時間16日未明)、2度のビッグジャンプで銀メダルをつかんだ葛西紀明選手(41)。母親の死、闘病中の妹、長野五輪での屈辱……。様々な思いを抱えながら、ソチの空を飛んだ悲運のエースが、五輪の個人種目で初の表彰台を射止めた。

 競技後のセレモニー。葛西選手は表彰台で右手の拳を突き上げてジャンプし、喜びを体いっぱいに表現した。「自分の力ずくで取ったメダルなので」。1994年のリレハンメル五輪で団体の銀メダルを取ったが、7度目の五輪で個人種目は初メダル。その心境を葛西選手はインタビューでそう語った。

 ジャンプの町として知られる北海道下川町出身。「レジェンド」の序章は、小学3年の時に始まる。実家のすぐそばにあったジャンプ台を遊びで飛ぶ姿が、地元の指導者の目に留まり、スカウトされた。ジャンプ少年団に入団後は、元旦の初飛びを自らに課し、高校生まで欠かさず続けた。姉の浜谷紀子さん(44)は「誰よりも真っ先に飛ぶことにこだわっていた」と思い返す。

 両親と姉妹2人の家族の中でも、母の幸子さんとの関係は強かった。中学卒業後、実家を出て札幌市の高校に進学。葛西選手が帰省から札幌に戻る際、幸子さんは列車の外で手を振って別れを惜しんだ。紀子さんは「弟は昔から体が弱く、手のかかる子だった。母は弟が大好きで、弟も母を大事にしていた」と振り返る。

 最愛の母を火事が原因で亡くしたのは、長野五輪を翌年に控えた97年。

 五輪出場が決まった際、「何で五輪があるのに見てくれなかったんだ」と涙を流した。それからは、母の命日とお盆、ワールドカップ(W杯)遠征前は必ず墓参してきた。闘病中の妹、久美子さん(36)を気遣い、時間を作って見舞いに訪れた。
(2014年2月17日08時47分 読売新聞)


数々のご苦労を乗り越え7回目の五輪で銀メダルを獲得された。


カッコいいです!!!



その一言が似合う素晴らしい選手。

今夜の団体戦で是非金メダルを!

皆様、応援しましょうね。


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